勝呂の場合、たとえば絵や彫刻のヌードでも、生身の人間の裸にしても、見るたびに目を奪われるのは、その無防備で無垢なうしろ姿だった。とくに、背中から尻にかけての輪郭がいい。もりあがったふたつの肩甲骨、そのあいだを縫ってはえる背骨。くだるにつれ細みを帯びる腰の、その先にはふくよかな丸みのある尻。この、背―腰―尻のラインが、肌色とそれ以外の色とを隔てる淡い一本の境界線によってなめらかにかたどられているさまを、とてもきれいだと勝呂は思うのだ。
そういう勝呂の思考について燐はフェチのきわみだと言い、勝呂自身もそれを認めて自分の嗜好には素直である。だから燐とセックスをするときも、勝呂は燐の背中を見ながらうしろから抱くのが好きで、気づけば毎度、燐をうつぶせにころがしていた。(燐が、繋がることができるのならうしろでもまえでもなんでもいいとこだわりのないことをいってくれるのも勝呂をつけあがらせている。)
いつものごとくあらわにさせた燐の背中に勝呂は手を這わせる。汗で湿った肌はおもしろいくらいよく滑って、勝呂の手のひらは燐の脇腹から腰をたやすくいったりきたり、なだらかな傾斜は手の内によくなじんだ。くすぐったいのか燐の笑い声ともつかぬ吐息を聞きながら、勝呂はしばらくのあいだ、くびれの感触を楽しんだ。
「―――すぐろ、それ、もういらね」
燐に手をつかまれて勝呂はそれ以上の動きを封じられた。けっきょくその余興は燐と長くは分かち合えなかったらしい。名残り惜しさを訴えるように指先で燐の腰の線をなぞれば、ちょっとすねたような燐の声が勝呂を呼んだ。
「―――こっち、」
燐は腰を浮かせると、つかんでいた勝呂の手を引いて自分の性器へと導いた。すでに一度達していた燐のそれは勝呂の唾液と燐自身が吐き出した精液で濡れている。すこし柔らかくなってはいたけれどまだ芯は残っていて、勝呂が刺激を与えるとそこはすぐに固さを取り戻した。
「は、ぁ、」
色づいた声を呼吸のあいまに漏らしながら、燐は少しずつ膝を立てて腰を持ち上げた。勝呂は、燐の、再び熟れつつある性器をいじるいっぽうで、たらした潤滑油を助けに燐の尻穴に指を含ませ、なかをひろげた。
「ふ、あっ、んっ、んっ、」
燐の腰が揺れている。まえを翻弄する勝呂の手の動きに合わせるように、はたまた、うしろに入り込んだ勝呂の指に内側の肉をこすりつけるように。
抱え込んだ枕に額を押しつけ、皺くちゃのシーツに胸を沈ませた燐の、青白くぬめった背中はしなやかにたわんでいて、勝呂の目をそこに釘づけにする。燐のうしろ姿そのものは男のだから、背中も腰も尻も肉は薄くて骨ばっていて、勝呂がいちばん美しいと思っているやわらかでまろみのある女たちの曲線とは違うけれど、燐は勝呂にとってそれだけではなかった。自分の下で見境なくうごめくうしろ姿がたまらない。清らかなうしろのラインを自分が侵していることの、大げさにいうなら背徳を感じて興奮する。とはいえそんなふうに言葉を並べてみたところで、つまり要するには、惚れた弱みというだけのことなのだが。
勝呂は燐の屹立から手を離し、後孔から指を引き抜いた。燐の腰をつかみ、自分の勃ちあがった性器に手を添えると、それを燐のうしろにあてがった。先端が深淵の入口にのみこまれてしまえば、あとはじわじわと勝呂のぜんぶが燐のなかに埋まってゆく。
「ン、あぁ、すぐ、ろ、」
燐の声を合図に勝呂はゆっくりと腰を動かして、燐のなかの熱と厚みをじかに味わった。空いた片手では、燐の背中をなぞり腰をなでる。勝呂が揺らすのに合わせて、燐の背骨の連なりがうすい皮膚の下で波打ち、三角の骨の出っ張りが定まりなくうねっている。燐の内と外で勝呂は楽しみを得ていた。
「はっん、あ、はぁ、んぅ、」
燐の口はただもう甘いあえぎを紡ぐだけ、その声が枕に吸い込まれて不明瞭なのが勝呂にはすこしもの足りなかった。けれどもっと口を割らせるには手が足りない。勝呂はいったん燐の背中から手をはがすと、いつのまに崩れてしまった燐の膝をさらに外に開き、両手でその太ももをつかんで強引に自分のほうへとひきよせた。
「ひっ、あぁっ、」
より深いところで繋がり、燐の嬌声がはっきりと聞こえた。
勝呂はさらに燐の奥を突き上げ揺さぶり追いたてる。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、」
燐の鳴き声が勝呂に刻まれてゆく。
ふだんならこういう力づくで一方的な扱いが燐の機嫌を損ねることもあるのだけれど、セックスのときの燐は気持ちのいいことに従順で、だから文句も抵抗もない。燐は今なら頭で考えてもいないだろうし、快楽に邪魔なプライドもよそに打ち捨てているだろう。いったいどれだけ燐に与えることができているのか分からないけれど、こうして我を忘れさせるほどには燐に注ぎこめていることを勝呂は心から嬉しいと思う。
「っん、あぁっ!」
体を強張らせた燐はやがてどくりと震え、体の重みをすべて勝呂に預けた。大きく息を繰る燐にこれで終着とばかりに締め付けられた勝呂は、自分の限界も近いことを知って燐に腰を打ちつける。
「す、ぐろ―――」
呼ばれて前のめりになった勝呂は、燐の背中に沿うようにぴたりと体を重ねると、最後まで勝呂に付き合って腰をゆらしてくれる燐のなかでひといきに果てた。
勝呂は燐の背中を滑ってベッドの上に体を横たえた。額から流れてきた汗が目に入ろうとするのを、燐の背中でぬぐってとめる。同じように汗の滴る燐の首に舌をあてて下から上へと舐め、そのまま燐の髪の毛に顔をうずめた。
「なぁ、すぐろ、」
燐のかすれた声が、触れた肌から響いてくる。
「もう、いい?」
「―――なんがや」
勝呂の問いに答えないまま、燐は伏せていた体をあおむけに起こすと、正面から勝呂と向かいあった。
「終わったあとはさ、おれ、うしろじゃなくてまえがいい」
まだ荒い息をさせながら燐が勝呂の顔をのぞきこんでくる。勝呂の目をしばらくじっと見て、それから赤みの残る頬をへらりとゆるませた。
「なんか、すぐろの顔、えろいな」
勝呂の額に己の額をよせてくる燐に「おまえもたいがいやぞ」と言い返した勝呂は、けらけらと笑う燐を胸にかきいだいて、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
その11:セックスをする
(2011.08.15)
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