台所に立ちっぱなしの燐がさっきから作っているのはイチゴのショートケーキだ。今日が誰かの誕生日だとかなにかの記念日だとかいうわけじゃあない。思い立って作り始めるのが燐のいつものこと。仕事のつきあいでもらった季節はずれのイチゴは、俺としてはそのまま食べたかったのだけれども、燐にみつかってはしかたがない。
 いつでも燐は、作るのが楽しいようであって、食べるのも片付けをするのもどちらかといえば俺まかせだ。料理の手伝いは、燐に固く断られているから、俺はしない。燐いわく、別の手が加わればそこから自分の思いどおりにいかなくなるような気がしていやなのだそうだ。
 けれど、手伝いはできなくとも、近くに立って手際をながめるくらいなら俺にも許されている。
「どんなや?」
 のぞきこむと、燐の手がしっかりとつかんでいるボウルのなかで、真っ白の生クリームがたっぷりとあわ立っていた。
 燐はクリームを指ですくいとると、それをそのまま口に運んだ。味わうというよりは、成分を分析するみたいな真剣な顔つきだ。
「もうちょっとだな」
 なにがもうちょっとなのか、俺にはさっぱり分からない。見た目には十分だと思うけれど、燐がこだわっているのはクリームの甘さなのか、固さなのか。
 燐は銀色の泡だて器をにぎりしめるとまたクリームをかきまぜ始めた。電動の器械で泡立てるのは燐の好みではないらしく、ちゃんと感触を確かめながら仕上げたいのだという。それを言うだけあって、燐の手つきはとても丁寧で柔軟だった。
 しばらくして手をとめた燐は、もういちど生クリームをなめると、
「うーん」
 まだ納得いかないようで、首をひねった。
 見た目はどこも変わらないのに、なにが燐を満足させないんだろう。なめてみればわかるというなら、俺もそれをなめてみたい。ボウルの中めがけて俺は手を伸ばした。
「勝呂、」
 燐に手首をつかまれて、それ以上の動きを止められる。
「ちょっとだけや。だめか?」
「―――ちょっとだぞ」
 燐は自分の人さし指を生クリームにつっこむと、白い泡にまみれたその指を俺の前にさしだした。俺は躊躇なく燐の指ごと口に含む。
「どうだ?」
「ん、」
 生クリームはその名のとおりの味がした。甘さも固さもこんなもんだろうと思う。けれど―――
「もういいだろ」
 燐が指を引こうとしたので、俺は燐の手をつかんでそれをさせなかった。なぜ俺がそうしたのか分からないと言いたげな燐の目に見せつけるように、俺は燐の指をなめあげた。
「ちょっ、はなせってば」
 止める燐の声は耳に入れない。それどころか、指だけでは足りなくなって、俺は燐の手のひらにも口を寄せた。そこに犬のようにべろりと舌をあてがって、指と指のあいだのやわらかいところにも舌をのばしてたっぷり湿らせた。クリームなど目じゃないほど燐は上等な舌触りだった。
 上目で燐を見上げると、赤ら顔の燐はこらえるように眉をしかめている。そろそろいいかと俺は燐の手を解放した。
「ごちそうさん」
「―――まったく、なんなんだよ」
「うまかったで」
「とうぜんだ!」
 強気に言い放った燐は、俺にべとべとにぬらされた手で俺の体をぐいぐいと押しやる。そうして俺は台所からあえなく退場となるのだった。





その3:指をなめる
(2011.08.01)


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