燐と勝呂という大の男ふたりぶんの体をおさめるにはいかんせんこの浴槽は小さすぎた。ひとりで入っても手足をゆっくり伸ばせはしないのに、そんなところへふたりで入っているのだからほんとうに窮屈なのである。向き合って湯船に入ることはできないので、燐は勝呂の胸に背中を預けてお湯につかっていた。
「もっと広い風呂にはいりてえなあ」
「ぜいたくゆうな」
 ふたりで風呂に入るたび、燐は勝呂とこのやりとりを繰り返していた。燐は、とはいえ、勝呂と一緒に入るのを嫌がっているわけではない。むしろ、好きだ。ただもうすこしスペースに余裕があればなあと思うだけなのだ。
 燐はあごを思いきりのけぞらせて後ろにいる勝呂の胸に頭を押しつけた。そうしてゆるゆると頭を左右にふって髪の毛をゆらす。そんなふうにすれば勝呂がくすぐったがるのを知っていて燐はそうした。
「あーあ、温泉とか銭湯とか行きてえ」
 燐のつぶやきのあとを追って、ちゃぽんと水の跳ねる音が浴室に響いた。天井にくっついていた結露が重みにこらえきれずに滴となって湯船に落ちてきたらしい。
「おまえはそうゆうけどな、燐、」
 言いながら前かがみになった勝呂の両腕に燐はうしろから抱え込まれた。肩には勝呂のあごがのって、頬には勝呂の鼻があたった。
「あんま広いとこやと、こんなくっつかれへんやろ?」
「たしかに」
「温泉かて銭湯かて、こんなんできひん」
「あたりまえだ。人に見られる!」
「だったら俺はこれのがええなあ」
 耳元で勝呂にささやかれて燐はすこし身をよじった。
「おまえもせやろ?」
「―――まあな」
 うなずいた燐の首筋に勝呂の唇があてがわれた。とたんにちゃぷんと水が鳴って、それは燐の体が小さくはねた音だった。





その8:風呂にはいる
(2011.08.07)


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